dancept2の日記

あやしうこそものぐるほしけれ

ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(その五:1970~80年代)

下記続き、オーケストラに関する映像も減って来る(なにかとイスラエル・フィルが話題である)。もっとも、この頃になるとブリティッシュ・パテのアーカイブ全体も減って来ているのかどうか。

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VTR 音声の劣化(?)も戦前フィルムのサウンドトラックよりひどかったりする。アーカイブ自体は2011年までとあるが、"orchestra" でサイト検索に引っ掛かるのは1981年が最後、というわけで、このトピックは今回が最終回。このあとは「番外編」としていくつかご紹介する予定。

なお今回の動画は、いずれも現時点では YouTube へのアップはないようである。

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U.K.: Queen Elizabeth, The Queen Mother, Attends Commemorative Concert To Mark Captain Cook's Discovery Of Australia 1970

チャールズ・マッケラス指揮

ロンドン、ロイヤル・フェスティバル・ホール。ジェームズ・クック船長のオーストラリア発見二百周年記念コンサートという。演奏は1分23秒から遠景でちょっとだけ。ヴェルディ『レクイエム』。オーケストラ不明、オーストラリア出身のマッケラスは、この年からサドラーズ・ウェルズ・オペラ((現)イングリッシュ・ナショナル・オペラ)の音楽監督になっていた模様。

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Iran: Empress Farah Attends Final Concert Of Shiraz Festival Of Arts At Persepulis. 1971

ブルーノ・マデルナ指揮

音声なし。イラン、ペルセポリスで開催されたコンサートにファラ・パーレビ王妃が出席というニュース、シーラーズ芸術祭(Shiraz Arts Festival)(Wikipedia 英語版)。演奏は20秒あたりから。オケ不明だが上記記事に国立イラン・ラジオ・テレビ室内管弦楽団(National Iranian Radio & Television Chamber Orchestra)がレギュラーだったとある *1 。続いて指揮のマデルナおよびソリストのキャシー・バーベリアン、ローター・ファーバー(Lothar Faber、オーボエ)、コース・フェルフール(Koos Verheul、フルート)が王妃と会話するシーン。

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United Nations: U Thant Presents Cellist Pablo Casals Peace Medal After Playing Of "Hymn To The United Nations." 1971

1971年10月24日、パブロ・カザルス指揮マンハッタン音楽院合唱団/国連合唱団/カザルス祝祭管弦楽団メンバー

ニューヨーク国連本部、世界国際平和デー。36秒から W. H. オーデンのテキストによる自作『国連への賛歌』初演 *2 。演奏前のスピーチともども有名な『鳥の歌』は採録されていない。

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???: Computer Guide To Entertainment 1972

カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

オリンピックを控えたミュンヘンの PR 映像。1分57秒、七十か所に設置されたという「電子情報ステーション」でイベントを検索、「電子ライトペン」でモニター画面の「オペラ」を選択する——オットー・シェンク演出、カルロス・クライバー指揮の『ばらの騎士』である。DVD 化された1979年公演の女声三名、ブリギッテ・ファスベンダー、グィネス・ジョーンズ、ルチア・ポップに、アンネリー・ヴァース、ベンノ・クシェ、およびカール・リッダーブッシュ、ゲルハルト・ウンガーと Orfeo が CD 化したこの年の公演キャストを合わせた組み合わせ。舞台のシーンが少々だが映る。弦楽合奏に続き(アルバンベルク四重奏団?)、カラヤン指揮でベートーヴェンの第一交響曲。そういえばカラヤンの演奏シーンはここまでで初。

説明記事「バックグラウンド」:「8月1日から9月10日までに、ミュンヘンでは129のオペラ公演、660の劇場公演、115のコンサートが開催される」——以下、下記のように続く、余談だが(笑)。

ジーメンスのコンピューター・エンジニアによって開発された情報システムは、ミュンヘンのすべてのレストランをカバーしており、さまざまなカテゴリーに分類されています:昔ながらのミュンヘンの伝統的なレストランや、世界中から有名料理を提供する専門レストラン。

このコンピューターは、夜のエンターテイメントの機会に関する情報も提供します。オリンピックを訪れるすべての訪問客を、行きたい場所に案内してくれるのです。

ミュンヘンの芸術家の街シュヴァビングでは、夜になると雲行きが怪しくなります。[*3

オリンピックの街への訪問客の期待が何であれ、この「全知の」電子機器は、彼らを失望させることはありません。

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Israel: Israel Philharmonic Orchestra Gives Concert For Lebanon Christian Forces. 1977

ズービン・メータ指揮イスラエルフィルハーモニー管弦楽団

説明記事「概要」:

この身振り[gesture]は、レバノンの右派キリスト教勢力が、レバノンイスラエル国境すぐ内側のイスラエル側でのコンサートにイスラエル人によって招待されたときのものである。

[…]

左派レバノン当局は、このコンサートは、彼らが言うところの「海外でのイスラエルのイメージを向上させるための売名行為」に過ぎないと主張している。しかし、イスラエルは、レバノンイスラエルの国境に沿って友好の機運と平和的調和を促進するために組織されたと主張。一方、レバノン南部では、左派と右派のレバノン軍が砲撃戦を交わしている。現地の旅行者からの報告によると、この交戦により少なくとも五人の命が奪われ、現地の農作物が焼失したという。

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U.K.: Leopold Stokowski Dies At 95. 1977

ストコフスキーの訃報。演奏なし。映像は1972年4月、90歳の誕生日を機にバーバラ・ウォルターズがニューヨークで行なったインタビュー。

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Italy: Milan's La Scala Opera House Begins Its 200th Season With Production Of Verdi's Don Carlos. 1977

クラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団

モニターをチェックするアバドや、カレーラスとフレーニのリハーサル・シーンが流れる。「バックグラウンド」に、スカラ座創立二百周年記念シーズンがヴェルディドン・カルロ』でスタート(12月7日)、テレビで全国放送されたとある。「概要」には、

ドン・カルロ』ガラのオープニング・ナイトを全世界でテレビ放映する計画は、オーストリアの指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンによって阻止された。彼は映画版『ドン・カルロ』制作の契約のもとでミラノに出演しているスターを多数抱えており、世界的な放送では不利となる完全な映画とテレビの権利を持っていると主張した。

カラヤンは、1975年から1978年までザルツブルク音楽祭で四年連続『ドン・カルロ』をウィーン・フィルと演奏、1978年にはベルリン・フィルと EMI にレコーディングしていた。映像化は、1986年のザルツブルク復活祭音楽祭でのベルリン・フィルとの上演がある。

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U.S.S.R.: Soviet Television Broadcasts Mussorgsky's "Khovanshchina". 1979

ユーリ・シモノフ指揮ボリショイ劇場管弦楽団

ムソルグスキー『ホヴァンシチナ』をソビエト・テレビが国際放送したというニュース。「バックグラウンド」に、イタリアとキプロスでテレビ生中継され、フランスとイギリスでの放送のため録画(recoding)されたとある。しかし、カメラマンがずいぶんと邪魔ではある。キャストにエフゲニー・ネステレンコ、アレクサンドル・ヴェデルニコフ、エフゲニー・ライコフ(Yevgeny Rajkov)、イリーナ・アルヒーポワ。

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Israel: Zubin Mehta/"An Orchestra Is Born" 1979

ズービン・メータ指揮イスラエル・フィル

ヨーロッパ・ツアー出発のニュース。演奏は『トスカ』演奏会形式公演と『白鳥の湖』リハーサル。説明記事、オーケストラの歴史などがずいぶん詳しく書かれている。

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下記は1981年のテルアビブでの騒動におけるメータの会見を報じるニュース。

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Ussr: Week-long International Music Festival Opens In Moscow. 1981

モスクワ国際音楽祭開幕のニュース。演奏は37秒から、コントラバス除く弦四部に代わり最前列にハープ八台、ピアノは三台?、説明記事「概要」に「プログラムには、バルトーク、ヴィラ=ロボス、ガーシュウィン、エネスク、オルフ、ストラヴィンスキー、ミアスコフスキー、プロコフィエフなど、二十世紀の著名な作曲家が含まれ」とある。演奏者不明。

バックグラインド:イントロダクション:5月5日(火)、モスクワで一週間にわたる国際音楽祭が開幕し、ソ連ではほとんど公の場で演奏されることのなかった二十世紀の作曲家の作品をロシアの人々に聴かせる機会が与えられた。この音楽祭は、ソ連が「国家間のヒューマニズム、平和、友好のための奉仕」と呼んだものに公式に捧げられた。

概要:オープニング・ナイトには、28か国から200人の音楽家や音楽評論家を含む多くのゲストが参加した。

モスクワの欧米ジャーナリストは、このフェスティバルを、ソ連の音楽は抑圧的な保守主義と政治的正統性によって抑えつけられているとの非難に対する、ソ連文化当局の返答として見ていた。ソビエト音楽が、マクシム・ショスタコーヴィチとその息子をはじめとする指揮者や演奏家の亡命が相次ぎ、揺らいでいる時期である。フェスティバルにはマクシムの父ドミトリー・ショスタコーヴィチの音楽も含まれているが、マクシムの亡命は主催者にとって恥ずべきことだった。ソ連の新聞は、マキシムが父の名に寄生して生き、作曲家が稼いだお金を拾うために西側に逃亡することで父親の思い出を汚したと非難した。

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(番外編へつづく)


*1:テヘラン交響楽団(Tehran Symphony Orchestra)という団体への言及もあった。「原理主義者の聖職者たちは、音楽は信仰心と神とのあいだに入り込み、不浄な心につながると述べ、1979年イラン革命以降、聖職者たちは革命前の音楽すべてを非合法化した」とあるが、現在も存続?(Wikipedia 英語版)。

*2:翌日のニューヨーク・タイムズ記事。「カザルス、国連でのコンサートで絶賛される」(英語)。www.nytimes.com

*3:シュヴァビングは当時、イエローサブマリンなどの有名なディスコが立ち並ぶ国際的にも名の知れたパーリーピーポーの街だったそうである(Wikipedia 英語版)。