dancept2の日記

あやしうこそものぐるほしけれ

第二回ジャパンカップの調教一般公開

下記続き。『'82ジャパンカップゼッケン表』。「ゼッケン」といっても掲題のとおり調教でのものであります。

この年はついにヨーロッパからも招待と一層の盛り上がりで *1 、府中に入厩していた外国馬の調教を無料で一般公開することになった。ジョンヘンリーやエイプリルラン、オールアロングが観れるということで、学校サボって朝の府中競馬場に向かったのであった(苦笑)。

A4 ペラ一枚。手書き感満載、というか文字通り手書き原稿のゼロックスコピーだろう *2 。でも味がありますね、なにか愛をかんじてしまう(笑)。きめ細かいファンサービスであります *3 。なお 1982 年というと五月に富士通が〈初めて 100 万円を切る日本語ワープロ〉『My OASYS』を発表したということらしい。

馬齢は数え年の旧表記。

開放されたのは(たしか)メインスタンド一般席だけ。双眼鏡を持って行っておらず、かんじんの馬の方はというと数頭が向こう正面をちょろちょろ走ってるだけで何だかよく分からなかったという記憶しかない。よく晴れていたがけっこう寒かったのと、そんな中、(開催時同様)紙コップのお茶の無料サービスがあったような。ん、たしかにメインスタンド地下だったが、コーヒーもあったのか(右ページ下注記)。本番は出向かずテレビ観戦。翌年も公開されたと思うが参加せず。

しかし右ページ「その他の東京競馬場入厩馬・ゼッケン表」も、当方にはなんとも懐かしい名が並んでおります(笑)。あー、ヘーゼルブロンド。栃栗毛牝馬。このネーミング印象的でした。テンモンにやられてましたが、このころには条件戦に定着……この世代は牝馬が揃っていてブロケード、タケノダイヤ、カバリエリエースにサクラスマイル。エイティトウショウアグネステスコ。三歳クラシックホースすらわからなくなって久しいですがこちらはどんどん出てきます(笑)。シャッフィーもいたな(遠い眼)。

翌83年、第三回の『出走予定馬プロフィール』もあったので次回ご紹介。

(つづく)


*1:「一層」といっても日本馬の方は、前年の結果から有力馬が回避し出すという。今となっては長距離=負担大とは一概に言えないというようなことになっているようだが、とくに当時 3200 m の天皇賞—— JC 創設で一か月前倒しされた——からだと有馬記念含むローテがキツイとさかんに言われていた。そんなこんなでこの年も売上的にはそれほどでもなかったと記憶。

*2:今回もばっちいくて恐縮……、余談ですがこんなことも。

*3:そのいっぽう、東京競馬場内にその後創設された競馬博物館行ってみると豪華な施設にヒマそうなおねえさんがたくさん——はいなかったかもしれないがけっこう——配置されてたりでなんだかなーとおもった記憶が。そういえば一昨年だったか JC で来日した英国でしたか海外のプレスが競馬博物館ふくめ絶賛してたような。この前後からだったとおもうのだが食事処に力を入れ出したり〈鉄火場〉のような雰囲気が残っていた競馬場のテーマパーク化施策は大成功、今となっては当たり前なかんじになってますか。