dancept2の日記

あやしうこそものぐるほしけれ

ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(番外編)

下記番外編。検索に出てきたがテーマから外れるので見送った動画から。イヴォンヌ・ルフェビュールやメニューイン兄妹、ルービンシュタインなど。ほかにも個別に検索すればいろいろありそう。パテのサイトはボツになった未公開映像もアップされているようなのだが、まだ眠っている映像もあるかもしれない(?)。

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今回も(同タイトルで)YouTube にアップされていればそちらを埋め込みで使用している。なお、パテのサイトはタイトル末尾の年を含めるとサイト内検索に引っ掛からないようだ(各動画ページのタイトルの年はリンクになっている)。

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Time To Remember - Edwardian Summer 1905 - 1910 - Record A - Reel 1 (1902)

『タイム・トゥ・リメンバー – エドワード朝の夏 1905年~1910年』というシリーズから。

1分34秒過ぎからレコード盤が登場、無造作に蓄音機にセット。レーベルに "Messters Projection G.m.b.H. Berlin SW, 48" と読める。オスカー・メスター(Oskar Messter, 1866 – 1943)はドイツ映画創世期の大立者らしい(Wikipedia 英語版)。蓄音機をフィルムとシンクロさせる初期トーキー映画の再生の様子(『オテロ』?)、1905年ごろとナレーション。

その後「エレクトリック・パレス」のイルミネーション点滅の後、ヴァイオリン、ピアノ、ドラムスの女性トリオが映画館で伴奏を付けている様子が流れる。ピアニストが指示を出しているが、お茶を飲みながら演奏。シリーズ続きの動画がアップされているが、この映像はそちらでも使いまわされている。

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なお、タイトルに "1905 - 1910" としている上に "(1902)" となっている(パテのサイトの説明記事欄「発行日(ISSUE DATE)」にも "1902" )。ナレーションも「1905年ごろ」としており、"(1905)" の誤りか。下記の続きの動画にも "(1905)" とある。

Time To Remember - Edwardian Summer 1905 - 1910 - Record D - Reel 1 (1905)

続きの動画から "Record D" 。3分過ぎ、上記使いまわしショットからヨットの上映シーンを経て、漁船がロシア海軍に攻撃されたニュースになっている。日露戦争で極東に向かうバルチック艦隊の「ドッガーバンク事件(Dogger Bank incident)」ですね。1904年10月(Wikipedia 日本語版 によれば英国世論が激高とある)。ライト兄弟の飛行や、F1 の前身ということになるんでしょうか国別対抗自動車レース「ゴードン・ベネット・カップ(Gordon Bennett Cup)」のレースシーンも登場。

なお、こちらにおいては "1905 - 1910" としながらドッガーバンク事件は1904年なのはともかく(「発行日」およびタイトル末尾は "1905" )、冒頭に(セオドアでなく)フランクリン・ルーズベルト夫妻の映像が入っている。このシリーズ、タイトルや懐古調の構成、トーキーなのを含め、後年、編集・配給されたものなのだろうが、「発行日」にも "1905" というのは?。

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下記 "Record E - Reel 2" の動画には F・ルーズベルト夫妻の映像はなく、上記ドッガーバンク事件やゴードン・ベネット・カップなどを収録しての "(1905)" 。

Time To Remember - Edwardian Summer 1905 - 1910 - Record E - Reel 2 (1905)

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Tonight In Britain - USA Version - Reel 1 1953

音楽に戻って、4分43秒からアイリーン・ジョイスのピアノ。ショパン、ワルツ第14番、ロイヤル・フェスティバル・ホール。

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Birth Of A Record 1955

冒頭、「デンマーク・ストリート(Denmark Street)」(ロンドン、ホルボーン地区)の標識に続き、楽譜が並ぶ店のウィンドウ。「ロンドンのティン・パン・アレー」と紹介している。2分41秒から、ロンドン、セントジョンズウッドの EMI スタジオでのレコーディング風景。当時の機材やスタジオの様子を垣間見ることができる。

歌い手のルビー・マーレイ(Ruby Murray)は、この年「ソフトリー・ソフトリー(Softly, Softly)」が英国チャート一位になったほか、同一週のトップ20に五曲を送り込むというチャート記録を打ち立てている(Wikipedia 英語版)。曲は「バンビーノ」。ヴォーカルと同時収録の体で(?)伴奏オーケストラ(の姿は見えない)を指揮するレイ・マーティン(Ray Martin)はウィーン出身らしい(Wikipedia 英語版)。ルビーが歌い終えると(アウトロの演奏は続いているのだが)「グッジョ!」とにっこりサムズアップ。パテのサイト「発行日」1955年5月16日。

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Ruby Murray with Ray Martin and His Orchestra: "Bambino" の動画が YouTube にアップされていた。

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下記によれば "Evermore" とのカップリング、上掲 Wikipedia ルビーの記事によれば「エバーモア」はこの年チャート三位になった模様。

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Edinburgh Festival 1962

たびたび登場のエジンバラ・フェスティバル。1分3秒、音楽祭のチケット売り場の行列に続いて、フェスティバル芸術監督のハーウッド伯爵とショスタコーヴィチロストロポーヴィチガリーナ・ヴィシネフスカヤ夫妻、夫は後述の公演で共演とおもわれるロンドン交響楽団チェリストたちと握手。

帽子を被ってごきげんな(?)イヴォンヌ・ルフェビュールの練習シーン *1ドビュッシーのプレリュード「ミンストレル」。ピーター・ピアーズ、こちらもドビュッシー『月の光』。8月23日のロストロポーヴィチ夫妻 with チェロ・アンサンブルの公演告知ポスター——あとの日付とおもわれるその下側にはスヴャトスラフ・リヒテルと読める——と、ヴィラ=ロボス『ブラジル風バッハ』のリハーサル。ポーランド放送交響楽団とロンドン響の告知はオケ名のみ。

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Edinburgh Festival - Technicolor 1963

翌1963年。ヤーラ・メーナ(?)・メノン博士(Dr. Menon)のヴィーナ演奏(チェンバロ伴奏:ジョージ・マルコム)でバッハ「シチリアーノ」(フルートとチェンバロのためのソナタ第二番)などインド音楽等に続き、4分21秒、ジョン・オグドン、リスト『メフィスト・ワルツ』。前年に第二回チャイコフスキー国際コンクールアシュケナージと第一位を分け合ったばかり。続いてユーディー&ヘプシバ・メニューインベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第十番。

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The Mellotron 1965

メロトロンの紹介。出演している BBC の音楽番組のプレゼンター、エリック・ロビンソン(Eric Robinson)とマジシャンのデイビット・ニクソン(David Nixon)はメロトロンの販売会社設立に資金提供し *2 、後半演奏する——複雑・アナログな磁気テープのメカニズムが動作する様子が映し出される——ミュージシャンのジェフ・アンウィン(Geoff Unwin)がテレビなどでプロモーションを行なっていたということらしい *3 。ここでは、みんな大好き(?)ストリングス音は聴かれないようだ。説明記事:「メロトロンが六十年代のさまざまな素晴らしい音楽サウンドを生み出します」。

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Prague Music Festival 1966

その四」で紹介した1966年のプラハの春音楽祭。1分4秒からイヴリン・リアー(ピアノ:エリック・ヴェルバ)、続いてルービンシュタイン夫妻がプラハユダヤ人墓地を訪れるシーン。ブラームスのピアノ協奏曲第二番が流れ始め、3分47秒からルービンシュタインの演奏シーンに切り替わる。伴奏はノイマン指揮チェコスロバキア放送交響楽団

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(おわり)


*1:そういえば以前、下記の動画を発見した:「イヴォンヌ・ルフェビュール、シューマン...そしてコンサートでのあがり症」(英語字幕あり)。メンゲルベルクとのエピソードなども語っている。ほかにもイヴォンヌのマスタークラスの動画もけっこうアップされていた。

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*2:Wikipedia 英語版。指揮者、バンドリーダーのエリック・ロビンソンは、1960、63年、英国がホストとなったユーロビジョン・ソング・コンテスト音楽監督も務めたらしい。

*3:Wikipedia 英語版

ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(その五:1970~80年代)

下記続き、オーケストラに関する映像も減って来る(なにかとイスラエル・フィルが話題である)。もっとも、この頃になるとブリティッシュ・パテのアーカイブ全体も減って来ているのかどうか。

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VTR 音声の劣化(?)も戦前フィルムのサウンドトラックよりひどかったりする。アーカイブ自体は2011年までとあるが、"orchestra" でサイト検索に引っ掛かるのは1981年が最後、というわけで、このトピックは今回が最終回。このあとは「番外編」としていくつかご紹介する予定。

なお今回の動画は、いずれも現時点では YouTube へのアップはないようである。

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U.K.: Queen Elizabeth, The Queen Mother, Attends Commemorative Concert To Mark Captain Cook's Discovery Of Australia 1970

チャールズ・マッケラス指揮

ロンドン、ロイヤル・フェスティバル・ホール。ジェームズ・クック船長のオーストラリア発見二百周年記念コンサートという。演奏は1分23秒から遠景でちょっとだけ。ヴェルディ『レクイエム』。オーケストラ不明、オーストラリア出身のマッケラスは、この年からサドラーズ・ウェルズ・オペラ((現)イングリッシュ・ナショナル・オペラ)の音楽監督になっていた模様。

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Iran: Empress Farah Attends Final Concert Of Shiraz Festival Of Arts At Persepulis. 1971

ブルーノ・マデルナ指揮

音声なし。イラン、ペルセポリスで開催されたコンサートにファラ・パーレビ王妃が出席というニュース、シーラーズ芸術祭(Shiraz Arts Festival)(Wikipedia 英語版)。演奏は20秒あたりから。オケ不明だが上記記事に国立イラン・ラジオ・テレビ室内管弦楽団(National Iranian Radio & Television Chamber Orchestra)がレギュラーだったとある *1 。続いて指揮のマデルナおよびソリストのキャシー・バーベリアン、ローター・ファーバー(Lothar Faber、オーボエ)、コース・フェルフール(Koos Verheul、フルート)が王妃と会話するシーン。

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United Nations: U Thant Presents Cellist Pablo Casals Peace Medal After Playing Of "Hymn To The United Nations." 1971

1971年10月24日、パブロ・カザルス指揮マンハッタン音楽院合唱団/国連合唱団/カザルス祝祭管弦楽団メンバー

ニューヨーク国連本部、世界国際平和デー。36秒から W. H. オーデンのテキストによる自作『国連への賛歌』初演 *2 。演奏前のスピーチともども有名な『鳥の歌』は採録されていない。

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???: Computer Guide To Entertainment 1972

カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

オリンピックを控えたミュンヘンの PR 映像。1分57秒、七十か所に設置されたという「電子情報ステーション」でイベントを検索、「電子ライトペン」でモニター画面の「オペラ」を選択する——オットー・シェンク演出、カルロス・クライバー指揮の『ばらの騎士』である。DVD 化された1979年公演の女声三名、ブリギッテ・ファスベンダー、グィネス・ジョーンズ、ルチア・ポップに、アンネリー・ヴァース、ベンノ・クシェ、およびカール・リッダーブッシュ、ゲルハルト・ウンガーと Orfeo が CD 化したこの年の公演キャストを合わせた組み合わせ。舞台のシーンが少々だが映る。弦楽合奏に続き(アルバンベルク四重奏団?)、カラヤン指揮でベートーヴェンの第一交響曲。そういえばカラヤンの演奏シーンはここまでで初。

説明記事「バックグラウンド」:「8月1日から9月10日までに、ミュンヘンでは129のオペラ公演、660の劇場公演、115のコンサートが開催される」——以下、下記のように続く、余談だが(笑)。

ジーメンスのコンピューター・エンジニアによって開発された情報システムは、ミュンヘンのすべてのレストランをカバーしており、さまざまなカテゴリーに分類されています:昔ながらのミュンヘンの伝統的なレストランや、世界中から有名料理を提供する専門レストラン。

このコンピューターは、夜のエンターテイメントの機会に関する情報も提供します。オリンピックを訪れるすべての訪問客を、行きたい場所に案内してくれるのです。

ミュンヘンの芸術家の街シュヴァビングでは、夜になると雲行きが怪しくなります。[*3

オリンピックの街への訪問客の期待が何であれ、この「全知の」電子機器は、彼らを失望させることはありません。

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Israel: Israel Philharmonic Orchestra Gives Concert For Lebanon Christian Forces. 1977

ズービン・メータ指揮イスラエルフィルハーモニー管弦楽団

説明記事「概要」:

この身振り[gesture]は、レバノンの右派キリスト教勢力が、レバノンイスラエル国境すぐ内側のイスラエル側でのコンサートにイスラエル人によって招待されたときのものである。

[…]

左派レバノン当局は、このコンサートは、彼らが言うところの「海外でのイスラエルのイメージを向上させるための売名行為」に過ぎないと主張している。しかし、イスラエルは、レバノンイスラエルの国境に沿って友好の機運と平和的調和を促進するために組織されたと主張。一方、レバノン南部では、左派と右派のレバノン軍が砲撃戦を交わしている。現地の旅行者からの報告によると、この交戦により少なくとも五人の命が奪われ、現地の農作物が焼失したという。

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U.K.: Leopold Stokowski Dies At 95. 1977

ストコフスキーの訃報。演奏なし。映像は1972年4月、90歳の誕生日を機にバーバラ・ウォルターズがニューヨークで行なったインタビュー。

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Italy: Milan's La Scala Opera House Begins Its 200th Season With Production Of Verdi's Don Carlos. 1977

クラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団

モニターをチェックするアバドや、カレーラスとフレーニのリハーサル・シーンが流れる。「バックグラウンド」に、スカラ座創立二百周年記念シーズンがヴェルディドン・カルロ』でスタート(12月7日)、テレビで全国放送されたとある。「概要」には、

ドン・カルロ』ガラのオープニング・ナイトを全世界でテレビ放映する計画は、オーストリアの指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンによって阻止された。彼は映画版『ドン・カルロ』制作の契約のもとでミラノに出演しているスターを多数抱えており、世界的な放送では不利となる完全な映画とテレビの権利を持っていると主張した。

カラヤンは、1975年から1978年までザルツブルク音楽祭で四年連続『ドン・カルロ』をウィーン・フィルと演奏、1978年にはベルリン・フィルと EMI にレコーディングしていた。映像化は、1986年のザルツブルク復活祭音楽祭でのベルリン・フィルとの上演がある。

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U.S.S.R.: Soviet Television Broadcasts Mussorgsky's "Khovanshchina". 1979

ユーリ・シモノフ指揮ボリショイ劇場管弦楽団

ムソルグスキー『ホヴァンシチナ』をソビエト・テレビが国際放送したというニュース。「バックグラウンド」に、イタリアとキプロスでテレビ生中継され、フランスとイギリスでの放送のため録画(recoding)されたとある。しかし、カメラマンがずいぶんと邪魔ではある。キャストにエフゲニー・ネステレンコ、アレクサンドル・ヴェデルニコフ、エフゲニー・ライコフ(Yevgeny Rajkov)、イリーナ・アルヒーポワ。

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Israel: Zubin Mehta/"An Orchestra Is Born" 1979

ズービン・メータ指揮イスラエル・フィル

ヨーロッパ・ツアー出発のニュース。演奏は『トスカ』演奏会形式公演と『白鳥の湖』リハーサル。説明記事、オーケストラの歴史などがずいぶん詳しく書かれている。

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下記は1981年のテルアビブでの騒動におけるメータの会見を報じるニュース。

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Ussr: Week-long International Music Festival Opens In Moscow. 1981

モスクワ国際音楽祭開幕のニュース。演奏は37秒から、コントラバス除く弦四部に代わり最前列にハープ八台、ピアノは三台?、説明記事「概要」に「プログラムには、バルトーク、ヴィラ=ロボス、ガーシュウィン、エネスク、オルフ、ストラヴィンスキー、ミアスコフスキー、プロコフィエフなど、二十世紀の著名な作曲家が含まれ」とある。演奏者不明。

バックグラインド:イントロダクション:5月5日(火)、モスクワで一週間にわたる国際音楽祭が開幕し、ソ連ではほとんど公の場で演奏されることのなかった二十世紀の作曲家の作品をロシアの人々に聴かせる機会が与えられた。この音楽祭は、ソ連が「国家間のヒューマニズム、平和、友好のための奉仕」と呼んだものに公式に捧げられた。

概要:オープニング・ナイトには、28か国から200人の音楽家や音楽評論家を含む多くのゲストが参加した。

モスクワの欧米ジャーナリストは、このフェスティバルを、ソ連の音楽は抑圧的な保守主義と政治的正統性によって抑えつけられているとの非難に対する、ソ連文化当局の返答として見ていた。ソビエト音楽が、マクシム・ショスタコーヴィチとその息子をはじめとする指揮者や演奏家の亡命が相次ぎ、揺らいでいる時期である。フェスティバルにはマクシムの父ドミトリー・ショスタコーヴィチの音楽も含まれているが、マクシムの亡命は主催者にとって恥ずべきことだった。ソ連の新聞は、マキシムが父の名に寄生して生き、作曲家が稼いだお金を拾うために西側に逃亡することで父親の思い出を汚したと非難した。

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(番外編へつづく)


*1:テヘラン交響楽団(Tehran Symphony Orchestra)という団体への言及もあった。「原理主義者の聖職者たちは、音楽は信仰心と神とのあいだに入り込み、不浄な心につながると述べ、1979年イラン革命以降、聖職者たちは革命前の音楽すべてを非合法化した」とあるが、現在も存続?(Wikipedia 英語版)。

*2:翌日のニューヨーク・タイムズ記事。「カザルス、国連でのコンサートで絶賛される」(英語)。www.nytimes.com

*3:シュヴァビングは当時、イエローサブマリンなどの有名なディスコが立ち並ぶ国際的にも名の知れたパーリーピーポーの街だったそうである(Wikipedia 英語版)。

ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(その四:1960年代)

下記続き。六十年代も東欧のオーケストラが多く調べ物が多くなった。コンドラシンオイストラフロストロポーヴィチ社会主義体制の優越性を知らしめる文化使節として(?)かつやく。第二次大戦で破壊されたホールなどの再建や、音楽祭の話題など。

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今回も(同タイトルで)YouTube にアップされていればそちらを埋め込みで使用している。なお、パテのサイトはタイトル末尾の年を含めるとサイト内検索に引っ掛からないようだ(各動画ページのタイトルの年はリンクになっている)。

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England: Title Missing 1960

いきなりの演奏なしですが英国ツアー中のゲヴァントハウス管弦楽団の歓迎レセプションだそう(ニューカッスル)。説明記事の「スクリプト」には「ライプツィヒ・ガヴァンダオ」(?)とある。聞き取りの文字起こし?(アップされている動画は音声なしですが)。ちょっとイジワルしてますが当地で大人気だったとの記述もあるので訳してみる。

バックグラウンド:世界の偉大なオーケストラのひとつ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団[Leipzig Gavandhao]がニューカッスルにいます。この訪問はとても人気があり、この街での今晩のコンサートチケットは数週間前には売り切れました。このオーケストラのメンバーは、今朝、レイング・アート・ギャラリーで市長と知事から市民歓迎会を受けました。

指揮者のフランツ・コンヴィチュニー[Frons KONWITECHNY]。今夜のコンサート[convert]は、今回のイギリスツアーでの二回目となります。各地で10回、ロンドンでもう1回のコンサートを行なう予定です。

このオーケストラは180年近く前に設立され、音楽界の偉大な名前のいくつかと関わりがあります。メンデルスゾーン[Nendelsehon]が音楽監督を務め、彼のもと、このオーケストラは国際的な名声を得ました。

ブラームスメンデルスゾーン[Nendelsehon]のヴァイオリン協奏曲[concerts]とシューマンのピアノ協奏曲[concert]は、このオーケストラにより初演された作品のひとつです。

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Invitation To Russia - National Youth Orchestra 1961

エイヴィン・フィエルスタート指揮ナショナル・ユース・オーケストラ

ポーツマス、ギルドホール。演奏シーンは49秒から『エグモント』序曲、チェロ右翼のストコフスキー配置。フィエルスタートは、フラグスタートがデッカと契約するにあたりカルショーにリリースをねじ込んだ『神々の黄昏』を、この五年前にオスロでレコーディングしたときの指揮者ですね。チェロ右(かみ手)翼のストコフスキー配置。

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下記は上掲タイトルが示している、その後のモスクワ公演の様子。チャイコフスキー五番。オーケストラ配置同上、倍管?。説明記事によれば9月14日。

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U.K.: Londoners Acclaim Russian Violinists. 1961

1961年2月18日(公演)、ダヴィド&イーゴリ・オイストラフ:ヴァイオリン/コリン・デイヴィス指揮イギリス室内管弦楽団 *1

音声なし、ロイヤル・フェスティバル・ホール。44秒、チケット窓口に並ぶ観客が映るが、カメラがリサイタル中止の告知ポスター(3月19、21、29日)からパンする。リヒテル、病気のため。3分26秒、コンサートの告知ポスター、曲目はバッハのブランデンブルク協奏曲第四番、ヴァイオリン協奏曲第二番、二つのヴァイオリンのための協奏曲ほか。ドッペルコンチェルトの演奏は ICA Classics から DVD が出ている模様。3分44秒、リハーサル・シーン。チェロ右翼のストコフスキー配置——そういえば、小編成でもかつてはヴァイオリン両翼がふつうだったのであろうか。なんとなくですが、歴史的にはオーケストラの編成が大きくなったからこその対向配置という気もします弦楽四重奏では(ヴィオラとチェロが入れ替わるのはともかく)見た記憶ありません。

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Greece: Famous "Halle" Orchestra In Athens 1961

ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団

音声なし。A.D. 161年創設というヘロディス・アッティコス音楽堂での公演。オーケストラは40秒、および、のちのスペイン王妃ソフィア王女らの到着に続いて(ギリシアの軍事クーデターは1967年)1分30秒あたりから。映像の状態が悪くわからなかったが説明記事によれば、ソリストに地元のジーナ・バッカウアー(ピアノ)。

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Russian Orchestra 1962

1962年2月1日、イーゴリ・オイストラフ:ヴァイオリン/ダヴィド・オイストラフ指揮

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲。説明記事には上記日付の記録となってるが、こちら *2 には、ダヴィドは1962年2月17日にモスクワ音楽院大ホールで指揮者として(公演)デビューしたとあるようだ。チェロ左のヴァイオリン両翼配置か。

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Us Orchestra In Ussr 1962

1962年2月9日、ハワード・ハンソン指揮イーストマン・フィルハーモニア

引き続きソ連での映像、説明記事には "Third Romantic Symphony by Hanson Howard" とあるが、「ハワード・ハンソン」の交響曲『ロマンティック』は第二番(第一楽章の第二主題の部分が映画『エイリアン』のエンドロールに無断使用されたらしい)、映像の演奏は、その第二番の終結部(第三楽章)、というわけで作曲者自身の指揮による、イーストマン音楽学校の学生オーケストラのようだ。ハワードは同校の校長を務めており、このときヨーロッパ・ツアーが行なわれたらしい(Wikipedia 英語版)。

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Debussy Centenary 1962

デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮フランス国立放送管弦楽団

ペレアスとメリザンド』、1分49秒から演奏シーンが入る。1962年3月13日シャンゼリゼ劇場でのライヴ録音が Disques Montaigne から CD リリースされている。メリザンドはミシュリーヌ・グランシェ *3 。そのリハーサルか。チェロ左の両翼配置?。

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Queen Juliana Attends Concert In Amsterdam (1962)

ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

演奏は30秒あたりから。終結部、マーラー『巨人』ということだが音声なし。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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U.K.: Pablo Casals Rehearses "El Pessebre" Oratorio In London 1963

パブロ・カザルス指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

音声なし。カザルス夫妻が到着、説明記事にイギリス訪問は18年ぶり、二番目の妻マルタ(27歳)を同伴とある。続いてボールトがお出迎え。49秒から自作のオラトリオ『エル・ペセーブレ(まぐさ桶)』のリハーサル。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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New Philharmonic Hall In Berlin 1963

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

『未完成』をバックに新ベルリン・フィルハーモニーの完成(オープン)を報じるニュース。説明記事:

ドイツ語コメンタリー、ファイルのドキュメント。

さまざまな G.V. フィルハーモニーホールと呼ばれる、ベルリンのウルトラ・モダンな建物の外観。VS. フィルハーモニーホール内側。

MS. 以前にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮するヴィルヘルム・フルトヴェングラー

書類[Paperwork]に記載:「我々の影響力の及ばない理由で、オープニング・コンサートを撮影することができないことが判明した。しかし、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の名声に貢献した人物、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーに感謝を込めて、我々の思いは戻る。」

GV. 空の観客席。

オープニング・コンサートは、カラヤンが第九などを演奏した模様。

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England: Coventry: Cross Of Nails Presented To Berlin Philharmonic Orchestra. 1964

オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィル

(前年新設された)コヴェントリー大聖堂および同所での演奏会の告知、1月28日、『未完成』『エロイカ』の重量級プログラム。演奏シーン少々、チェロ正面から右のストコフスキー配置。

続いて「クロス・オブ・ネイル(Coventry Cross of Nails)」の授与式。説明記事によれば、受け取っているのはインテンダントを務めていた、ヴォルフガング・シュトレーゼマン。同「ショートサマリー」:

西ベルリンとコヴェントリー——第二次世界大戦でもっとも激しく爆撃された二都市——のあいだの、今や双方で友好的に再建された、友情の結びつき。

十字架はドイツ軍の空襲で廃墟となった旧大聖堂の中世の釘からつくられ、「平和と和解の象徴」として授与されるとの由(現在ではレプリカを使用)(Wikipedia 英語版*4

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Pablo Casals Concert In Hungary AKA Pablo Casals Concert 1964

パブロ・カザルス指揮

1963年のロンドンに続きブダペスト、エルケル劇場での『エル・ペセーブレ』。オーケストラ不明、チェロ右/ヴィオラ右翼のストコフスキー配置か。

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Japan: The 8th Osaka International Festival Opens Today. 1965

1965年4月12日、ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団

音声なし、大阪フェスティバルホール。2分12秒過ぎからクーベリックが舞台に現れ演奏が開始される。チェロ左から中央/コントラバス左後列の両翼配置。13日および東京での4月23日、24日の公演は Altus が CD 化している。

1分50秒からの公演告知のピアニストはアラウ?、この年初来日だったようだ。説明記事の「バックグラウンド」にもチリのアーティスト(「西ドイツ、イギリス、イタリア、チリ、フランス、スペイン、日本の七か国から250名以上のアーティスト」)が参加とある。記述は以下のように続く。

[…]今や大阪国際フェスティバルはヨーロッパのエジンバラ・フェスティバルのように世界中で知られており、期間中は日本中の芸術愛好家が大阪を訪れ、各公演は日本全国に放映されます。[…]画像は、さまざまなプログラムが告知された大阪フェスティバルホールの外観で、日本のハイソサエティの紳士淑女が次々と劇場に入ってきます。彼らはバイエルン放送フィルハーモニー管弦楽団[Bayern Broadcast philharmonic orchestra]の演奏に耳を傾けている。

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Uk: Queen Elizabeth And The Duke Of Edinburgh At Royal Festival Hall - See Arts Exhibition And Attend Sydney Symphony Orchestra Concert 1965

ディーン・ディクソン指揮シドニー交響楽団

音声なし。ロンドン、ロイヤル・フェスティバル・ホール、コモンウェルス芸術祭。1分7秒から指揮者お辞儀シーンのみ。チェロ右後列/コントラバス同最後部ひな壇のストコフスキー配置。

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下記は前後したが前年7月、同コンビのシドニーでの前衛的な(笑)演奏。『シドニー交響楽団、子供たちに襲われる』

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U.K.: Moscow Philharmonic Orchestra 1965

音声、演奏なし。モスクワ・フィルご一行がチャーター機(?)でロンドン到着、コンドラシン(このときも夫人は夫を監視、ということか)やオイストラフが同行。説明記事「発行日(ISSUE DATE)」1965年10月7日。このときのロイヤル・アルバート・ホールでのブラームス/ドッペルコンチェルト(10月9日)が BBC Legends から CD 、EMI Classic Archive から DVD 化されている。チェロはロストロポーヴィチ(このフィルムには映ってないような)。www.britishpathe.com

Finland: Benjamin Britten Awarded Sibelius Prizes 1965

ベンジャミン・ブリテン指揮ヘルシンキフィルハーモニー管弦楽団

音声なし、シベリウス賞の授与式。43秒から受賞者ブリテンが指揮する。けっこう「クセが強い」(?)。チェロ右翼のストコフスキー配置。説明記事には "Helsinki Town Orchestra" とあるが、"Helsingin kaupunginorkesteri" の直訳ということでヘルシンキ・フィルでいいのだろう。オーケストラの公式サイト英語版でも "Helsinki Philharmonic Orchestra" と表記している *5

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Australia: London Symphony Orchestra In Sydney 1966

ロンドン交響楽団

音声なし。工事中のシドニー・オペラハウス(竣工:1973年)にオーケストラが到着し、続いてリハーサルの映像。エネルギッシュな指揮ぶり。後ろ姿しか見えないがケルテス?、あるいはコリン・デイヴィス?。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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Europe's Biggest Concert Hall 1966

1966年5月23日、フランツ=パウル・デッカー指揮ロッテルダムフィルハーモニー管弦楽団

1940年にドイツ軍の爆撃で破壊されたオランダ、ロッテルダムのコンサートホール、デ・ドーレン(De Doelen)の再建を報じるニュースフィルム。1分12秒からリハーサル・シーン、チェロ右後列のストコフスキー配置?。冒頭から『ダフニス』の「夜明け」流れるが、映像の演奏とは一致していないような(指揮者の気合を入れる声(?)が入ってるオケ全景のシーンはあってる?)。

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Choral Performance In Prague 1966

ズデニェク・コシュラー指揮/プラハ交響楽団

プラハ聖ヴィート大聖堂ハイドン『四季』。27秒あたりから演奏者が現れる。チェロ中央から右のストコフスキー配置。プラハの春音楽祭のよう。

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Romanian Concert 1967

レオポルド・ストコフスキー指揮ルーマニア放送交響楽団 *6

ブカレスト、パレスホール。十八番の(?)『トッカータとフーガ』、エグい(要するにすばらしい)。1958年の映像はコーダ部分だったのでやや一本調子な場面だったが(「その三」参照)、こちらでは十本指タクトを駆使してオケを統率するようすがよくわかります。ヘンテコリンな配置してないか期待したがオケはあまり映らず。

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Russian Concert At Train Depot In Moscow 1967

エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮ソ連国立交響楽団

モスクワの停車場車庫での演奏会。ショスタコーヴィチ『祝典序曲』、チェロ右翼のストコフスキー配置。

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United Kingdom: Sir Malcolm Sargent Dies In London At 72 -- Recent Film. 1967

1967年9月、マルコム・サージェント

「発行日」10月3日、同日死去したサージェントの訃報。映像は、この年のヘンリー・ウッド・プロムナード・コンサート最終夜に登場し大喝采を浴びるシーン。この「ラスト・ナイト・オブ・プロムス」公演は1947年以来サージェントが指揮を務めていたが、この年は胆嚢の手術を受け挨拶のみということだったようだ。説明記事欄には彼が英国でいかに愛されていたかが記されている。Wikipedia 日本語版には、ビートルズとのエピソードが紹介されていた(マーク・ルウィソーン『ビートルズ/レコーディング・セッション』)。

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"George Enesco" Music Festival - Rumania 1967

キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団 *7
ラドゥ・アルドゥレスク(Radu Aldulescu):チェロ/クルト・マズア指揮ジョルジュ・エネスク・フィルハーモニー管弦楽団
ズービン・メータ指揮ロサンジェルス・フィルハーモニック
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ:チェロ/エマヌエル・エレネスク(Emanuel Elenescu)指揮ルーマニア放送交響楽団
イオン・ヴォイク(Ion Voicu):ヴァイオリン/アンタル・ドラティ指揮ジョルジュ・エネスク・フィル
ヴァン・クライバーン:ピアノ/ミルチャ・バサラブ(Mircea Basarab)指揮ジョルジュ・エネスク・フィル *8 

ルーマニアに戻ってジョルジュ・エネスク音楽祭。上掲ラテン語併記は地元の音楽家。タイトルバックに続いてコンドラシン。エネスクのルーマニア狂詩曲第一番、指揮棒なし。続いてアルドゥレスクのチェロ、マズア指揮でハイドン。説明記事にオケへの言及はないが、ルーマニア語の音声コメンタリーはフィルハーモニカ・ジョルジュ・エネスクと言ってるようだ。

オイストラフシューベルトソナタに続き、メータ指揮のロス・フィル『エロイカ』、チェロ右/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。続いてロストロポーヴィチのソロでサン=サーンス、音声コメンタリーが言っているのは、共演にラジオテレビ交響楽団[Orchestra Simfonică a Radioteleviziunii]すなわち放送交響楽団 *9 、指揮エマヌエル・エレネスク(Wikipedia ルーマニア語版)か。

さらに、説明記事から落ちてるがドラティ指揮でメンデルスゾーン。ヴァイオリンにイオン・ヴォイク、オケにフィルハーモニカ・ジョルジュ・エネスクと言ってるようだ。チェロ右翼のストコフスキー配置?。最後にクライバーンのソロでラフマニノフ三番、指揮はミルチャ・バサラブで、オケはバサラブが常任指揮者を務めていたジョルジュ・エネスク・フィルである模様。最後の追い込みアルゲリッチなみに早い。

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Centenary Of Bucharest Philharmonic AKA Centenary Of Philharmonic 1968

ミルチャ・バサラブ指揮ジョルジュ・エネスク・フィル *10

続いて1968年のブカレスト、オーケストラの百周年記念の演奏会。演奏シーンは29秒から、エネスクのルーマニア狂詩曲第一番。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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Conductor Ionel Perlea In Rumania 1969

イオネル・ペルレア指揮

またまた翌1969年のブカレストルーマニア狂詩曲。パテのサイトの説明記事「ショートサマリー」に「著名な指揮者、イオネル・ペルレアがルーマニアに帰国」とある。小生この方存じませんでしたが(汗)、この里帰り公演は一部 CD 化されており(ERT 1037/38)、発売元のサイトに経歴紹介がある。

イオネル・ペルレア(Ionel Perlea, 1900 - 1970)は、戦後トスカニーニに認められ、スカラ座などイタリアで活躍、アメリカでもメトロポリタン歌劇場NBC 響などで指揮し、マンハッタン音楽学校で教鞭をとっていたとの由。飯守泰次郎氏は同校に留学しており、『トリスタンとイゾルデ』のレッスンの想い出などが綴られている *11 。戦前はブカレスト歌劇場の監督も務めたようだ *12

晩年、脳卒中を患い、この動画でも左腕だけで指揮している。動画タイトルバックのコンサート告知には5月10日が含まれており、上の CD では同日のオーケストラはジョルジュ・エネスク・フィル(ブラームス交響曲第一番を収録)。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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Edinburgh Festival 1969

エジンバラ音楽祭。演奏シーンなし、7秒からアッシャーホールの告知。アレクサンダー・ギブソン指揮スコティッシュ・ナショナル管弦楽団BBC スコティッシュ放送管弦楽団 *13 に続き、ロンドン響。指揮はイッセルシュテットアバド二日ずつ。前者のソリストにバリー・マクダニエル(バリトン)とパールマン、後者にはキャサリーン・ゲイヤー(ソプラノ)とアルゲリッチ

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(つづく)


*1:こちらの動画では1964年になっている。www.britishpathe.com

*2:Артур Штильман, Сыновья… К 80-летию Игоря Ойстраха[アーサー・シュティルマン、「息子たち...イーゴリ・オイストラフ80歳に」](ロシア語)

7iskusstv.com

この前にブラームスをメロディアにセッション録音を行なったとの記述もあり、これはダヴィドの指揮を集めた CD に、録音データ1960年、モスクワ放送交響楽団として収録されたもののことかもしれない(MEL CD 1001955)。さらに1960年末から61年にラロ『スペイン交響曲』を録音したとの言及があるが、上記 CD に収録されているもののデータは1963年。Artur Davidovich Shtilman はモスクワ出身のヴァイオリニスト。ボリショイ劇場、のちにメトロポリタン歌劇場に所属したらしい。

*3:www.discogs.com

*4:ブリテン『戦争レクイエム』は旧大聖堂に隣接して建てられた、この新大聖堂の献堂式のために委嘱され、前年5月30日に同大聖堂で初演された。

*5:

helsinginkaupunginorkesteri.fi

*6:説明記事にはルーマニア旧英語表記で "Rumanian Radio Orchestra"/ルーマニア放送管弦楽団とある。ルーマニアの(現)"Orchestra Naţională Radio"、すなわち国立放送管弦楽団のこととおもわれるが、英語で "Romanian Radio Symphony Orchestra"、日本語ではルーマニア国立放送交響楽団という表記をけっこうみかける。同一団体なんでしょう、たぶん。Discogs には、1990年以前には "Orchestra Simfonică a Radioteleviziunii Române" と名付けられていた、とあった(+名前の「バリエーション」欄に長いリスト)。

www.discogs.com

こちらの演奏会リストに "Romanian Radio and Television Orchestra" で記載があった。1月19日。

*7:記事欄には "Moscow State Philharmonic Orchestra"。ヴェロニカ・ドゥダロワが主席指揮者を務めていた "Московский государственный академический симфонический оркестр(モスクワ国立アカデミー交響楽団)" すなわち "Moscow State Symphony Orchestra(モスクワ国立交響楽団)" もあってややこしいが、コンドラシンということで "Академический симфонический оркестр Московской филармонии(モスクワ・フィルハーモニック・アカデミー交響楽団)"、英語表記 "Moscow Philharmonic Orchestra" でよいのだろう。なお、この年このコンビは来日し、4月16日東京でのマーラー九番を Altus が CD 化している。以下演奏データについては下記 *8 リンク先参照。9月19日、ブクレシュティ ラジオ・コンサート・スタジオとの由。

*8:指揮者は音声コメンタリー何度も聞き返してなんとか聞き取ったのだったが、こちらのサイトにオーケストラ名も記載されておりました。9月9日。

kondrashinarchives.blog.fc2.com

*9:(現)ルーマニア国立放送管弦楽団*6 参照。

*10:説明記事には "Bucharest Philharmonic Orchestra"、百周年記念ということで1955年にエネスクの名が冠されたオーケストラでよいのだろう。

ジョルジュ・エネスク・フィル「歴史」(ルーマニア語www.fge.org.ro

*11:

www.tobu-trading.com

*12: VOX や RCA などにかなりの録音もある。こちら MusicWeb の記事が(やたら)詳しい。

クリストファー・ハウエル「忘れられたアーティスト - 18. イオネル・ペルレア(1900 - 1970)」(英語)www.musicweb-international.com

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*13:BBC Scottish Radio Orchestra。BBCスコティッシュ交響楽団BBC Scottish Symphony Orchestra)とは別団体、1981年解散(Wikipedia 英語版)。

ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(その三:1950年代——「動く」ミルドレッド・ミラーなど)

下記続き、前回は三十年代四十年代をひとまとめにしたく長くなり過ぎ…戦前の映像は残っているだけでもの珍しかったが、このあたりになってくると演奏シーンが短すぎてもの足りなかったり。

dancept2.hatenablog.com

なお、パテのサイトはレスポンスがうまいちで、はてな標準の「ブログカード」ではリンク切れになりやすい。(同タイトルで)YouTube にあったものはそちらを埋め込みでリンクした。再生最後の方で映像にリンクが被さるのが邪魔だったりしますが。ただし拡大表示すると本家よりずっと鮮明。サーバー容量に直結しますからね YouTube とパテ新旧メディアの差を感じたりしないでもないが、パテのサイトとしては映像貸し出し用のサンプルとして、あるていど意図的にということもある(?)。なお、パテのサイトはタイトル末尾の年を含めるとサイト内検索に引っ掛からないようだ(各動画ページのタイトルの年はリンクになっている)。

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また、当方でオーケストラ配置に触れているがザッと見ただけで(かんじんのヴァイオリンとヴィオラが識別し辛い)、楽譜等には当たっておらず適当であります。


Toscanini On Ski Lift (1950)

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮

「その一」で紹介した映像、マエストロとゆかいな仲間たち(?)。「仕方ない、少々稽古つけてやるか」→リラックスした名演である?(笑)。

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The Blue Danube By Johann Strauss 1950

フェルディナント・グロスマン指揮

男声合唱団入り『青きドナウ』。タイトル・シーケンスに「指揮および合唱指揮 ウィーン国立歌劇場のフェルディナント・グロスマン教授」とある。大合唱団に比べてすし詰め状態の小プルトだが、チェロ中央/コントラバス右(かみ手)後ろでヴィオラ右翼か。

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Edinburgh Festival 1951

エジンバラ音楽祭。41秒、ニューヨーク・フィルの演奏会告知ポスターが映る。指揮者はワルターミトロプーロス。曲目やソリストは見えないが、その後、サムネになっているマイラ・ヘスや、レオン・グーセンス(オーボエ)、イダ・ヘンデルの練習シーンならびに楽譜をさらっているボールトが登場(いかにも英国紳士然とした佇まいではある)。ハレ管やロンドン・フィルも出演とナレーション。オーケストラは演奏前(?)のシーン数秒——遠景でよくわからないが指揮者が頭のかんじからボールト?(苦笑)、であれば、ロンドン・フィル?——チェロ右より/コントラバス右後列のストコフスキー配置か。

続いてグラインドボーン・オペラの公演の告知。ヴェルディ運命の力』とモーツァルトフィガロの結婚』、指揮はフリッツ・ブッシュ。若きミルドレッド・ミラーがメークしながら唄う(with オーウェン・ブラニガン)。ワルターのステレオ盤『大地の歌』、同じ英語話者でもフェリアーに「クセが強」くかんじる向きには——当方もそのひとり——人気ですね、劣らぬ美女でもある。権利関係等存じませんが、ここは(ヘスにはあれですが)なぜサムネに使わないのか(笑)。

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Festival In Edinburgh 1953

エイドリアン・ボールト指揮ナショナル・ユース・オーケストラ

二年後のエジンバラ音楽祭。カラー。(3分37秒、サインに応じるマティウィルダ・ドブス。リチャード・バートンと前年チャップリン『ライムライト』が公開されたクレア・ブルームが連れ立って現れる。続いて)ジークフリートの角笛を奏するデニス・ブレインが登場。6分37秒、グラインドボーン・オペラのロッシーニオリー伯爵』のプログラム、指揮ヴィットリオ・グイ。サーリ・バルバシュの舞台リハが続く *1

8分14秒からボールト指揮ナショナル・ユース・オーケストラ、チェロ右翼のストコフスキー配置。10分15秒、エジンバラ国際フェスのパンフレットを開くと(バレエにはまったく疎いが)マーゴ・フォンテインの写真、ストラヴィンスキー火の鳥』の迫力ある舞台に続く。

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下記は同年の別映像。モノクロ、音声なし。演奏会の告知を収録、2分4秒から。BBC 響、指揮サージェント、ソリストにソロモンやエレノア・スティーバー。続いてフィルハーモニア管、指揮はカラヤンとボールト、ソロにアイザック・スターンが見える。ソロモンのリサイタルに続いてウィーン・フィル、指揮はワルターフルトヴェングラー、ソロにゼーフリートとフィッシャー=ディースカウという豪華メンバー。ワルターは戦後のヨーロッパ復帰が1947年の当音楽祭、この年1953年は上の歌手たちと8月9日にドイツ・レクイエムなどオール・ブラームス・プログラム( CD 化されている)。フルトヴェングラーは『エロイカ』などを演奏した模様。

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Bronze Bust Of Kathleen Ferrier Is Unveiled In Home Town. 1954

ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団

音声なし、20秒。前年に早世したフェリアーの胸像除幕式。指揮者のお辞儀シーンのみで演奏は無い。キングジョージホール(ブラックバーン)。

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Us Orchestra Players Visit Sibelius Eminent Composer Is Congratulated On Approaching 90th Birthday By Philadelphia Symphony Orchestra. 1955

ユージン・オーマンディフィラデルフィア管弦楽団

音声なし27秒。バスでフィラデルフィア管のメンバーがヘルシンキ郊外のシベリウス宅を訪問、九十歳を迎える作曲家をお祝い。なにか横のオーマンディがエラそう(笑)。

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Edinburgh Opens Ninth Festival Scottish Capital Is Host To Guests From All Parts Of The World. Lord Provost Heads Procession To Inaugural Service At St Giles. 1955

ユージン・オーマンディ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

という珍しい組み合わせ。再びエジンバラ音楽祭、1955年八月。音声なし。47秒からほんの数秒、暗くてよく見えないが演奏シーン、説明記事によればアッシャーホールでのリハーサル。33秒にベルリン・フィルの演奏会告知、指揮者は表記順に、オーマンディサヴァリッシュヒンデミットカイルベルトカラヤンは同行していない。たんなる憶測だがオーマンディのところには、この年もフルトヴェングラー(あるいはチェリビダッケ?)が入る予定だったのかも(カラヤンは亡くなったフルトヴェングラーの代役でベルリン・フィルアメリカ・ツアー中のこの年四月、芸術監督に就任したばかり)。ソリストに同じくソロモン、レジナルド・ケル、フランチェスカッティ、エンリコ・マイナルディ、ゲザ・アンダフィッシャー=ディースカウ。続いて、たばこ片手にカメラに手を上げるソロモン、談笑するオーマンディフランチェスカッティ

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The Saar Returns To Germany Aka The Saar Rejoins Germany 1957

1月1日にフランスの保護領からドイツに復帰したザールラントのザールブリュッケンでの式典の模様。アデナウアー首相の演説後ドイツ国歌が演奏される。オーケストラ/指揮者不明だが、会場のザールラント[現]州立劇場のオーケストラとおもわれる。このころの音楽監督はフィリップ・ヴュスト(Philipp Wüst)という方(Wikipedia ドイツ語版)。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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Poland: First Concert In New Concert Hall. 1957

ロベルト・サタノフスキ(Robert Satanowski)指揮ブィドゴシュチュ・フィルハーモニック管弦楽団(Bydgoszcz Philharmonic Orchestra)

上掲タイトルの「新しいコンサートホール」とはブィドゴシュチュの、フィルハルモニア・ポモルスカ(Filharmonia Pomorska)、すなわちブィドゴシュチュ・イグナツィ・ヤン・パデレフスキ・ポメラニア国立フィルハーモニック(Państwowa Filharmonia Pomorska imienia Ignacego Jana Paderewskiego w Bydgoszczy, 英:Ignacy Jan Paderewski Pomeranian Philharmonic in Bydgoszcz)ということらしい。オーケストラはポメラニアン・フィルと呼ばれている団体か。チェロ右翼/コントラバス右後列のストコフスキー配置。

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Germany: Opening Of Richard Wagner Festival 1957

バイロイト。音声、演奏シーンなし——この年の『指環』はクナですね、残念。再生速度が早くワケわからないが、ハイソな方々が続々到着するのに続いてヴィントガッセンが映っている。

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Arts : Opening Of The 11th Internation Edinburgh Festival 1957

ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団

1957年のエジンバラ音楽祭。演奏会告知三団体に続いてリハーサル・シーン、音声は BGM のまま。チェロ右/ヴィオラ右翼のストコフスキー配置。エルガー生誕百周年に捧げたプログラムとナレーション。

告知の方は、サムネになっているフィルハーモニア管が指揮者にクレンペラークーベリックオーマンディソリストにアントン・デルモータ(テナー)のみ見えるが、ディートリヒ[おそらくフィッシャー=ディースカウ?]とルドルフ・フィルクシュニー(ピアノ)が、その下に続くコンセルトヘボウの告知のところで見える。指揮者にベイヌムと大かつやくのオーマンディ、ソロに[おそらくデニス・]ブレイン、フィルクシュニーおよび[おそらくシモン・]ゴールドベルク。続いてハレ管、指揮はバルビローリのみで、ソロにクララ・ハスキルが読み取れる。ミラノ・スカラ小劇場(La Piccola Scala di Milano)、演目はベッリーニ夢遊病の女』、ドメニコ・チマローザ『秘密の結婚』、ドニゼッティ愛の妙薬』。

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Russian State Symphony Orchestra 1957

ナタン・ラフリン指揮ソヴィエト国立交響楽団

ショスタコーヴィチ交響曲第11番『1905年』。世界初演(10月30日、モスクワのチャイコフスキー記念モスクワ音楽院大ホール)のニュース映像のようだ。チェロ正面、同じく正面最後列にコントラバスのヴァイオリン両翼配置か。

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Wot - No Soprano? 1958

(公演:1958年1月2日、ローマ歌劇場

1分19秒過ぎから「リハーサル」の映像、ストコフスキー配置のように見える——といいますか、ローマでのカラスのスキャンダル、『ノルマ』第一幕途中降板事件に関する、いわくつきのニュースフィルム。説明記事にはなんの言及もないが、じっさいにはこの公演とは無関係の映像を持って来たらしい。ナレーション:「リハーサル中の彼女はカンペキに元気そうだ。マリアの声を聴きたいなら、ドレスアップしないでリハーサルに行けばよい。たいていは最後までいるんだから」(ひどい)。

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Philadelphia Symphony Orchestra (1958)

1958年1月6日頃、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア

モスクワ公演、バーバー『弦楽のためのアダージョ』。指揮棒なし、チェロ右翼/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。

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40th Anniversary Of The Soviet Army 1958

イヴァン・ペトロフ指揮ソ連国防省オーケストラ

赤軍創立40周年記念式典、チャイコフスキー1812年』。軍楽隊でもほんものの大砲は登場しないようですが、ブラスセクションだけで何人動員されてるんでしょうか壮観であります(毎年の戦勝記念日では千人を超えるメンバーの軍楽隊がパレードに参加するそうで)。指揮のイヴァン・ヴァシリエヴィチ・ペトロフ(Ivan Vasilyevich Petrov)将軍については Prabook に記事があった(英語)。

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Festival Of Tchaikowsky Music 1950-1959

1958年4月11日、ヴァン・クライバーン:ピアノ(キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

1958年の第一回チャイコフスキーコンクール、指揮はコンドラシンですね(とうぜんながら若い)。調べるとオケはモスクワ・フィル、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番はファイナルの4月11日らしい。説明記事にも「審査委員長のエミール・ギレリス教授が祝福」とあるように表彰式(?)のシーンにギレリスが登場。しばしば登場するショスタコーヴィチの挨拶シーンに続き演奏、とうぜんクライバーン中心の映像だがオケはチェロ右翼/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。

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Czechoslovakia: Prague: International Competition. Organ Section 1958

プラハの春国際音楽コンクール、オルガン部門。1分26秒過ぎから第一位のヴァーツラフ・ラバス(Václav Rabas)(Wikipedia チェコ語版)のソロで、ラインベルガーのオルガン協奏曲(第二番?)。チェロ右翼/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。チェコ・フィル?。

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Leopold Stokowsky Aka Leopold Stokovsky 1958

レオポルド・ストコフスキー指揮(モスクワ放送交響楽団

モスクワ音楽院オーマンディに続き御大登場。ショスタコーヴィチ『1905年』終結部51秒。オーケストラ名記載なし。説明記事には前出オーマンディフィラデルフィア管のモスクワ公演と同じ「1958年1月6日頃」とあるがこれはおそらく混同で、CD が出ている6月7日、全ソビエト連邦ラジオ・中央テレビ放送交響楽団、要するにモスクワ放送交響楽団との演奏ではないかとおもわれ(Moscow State Conservatory: SMC CD 0030)。前出のラフリンの初演から約七か月後ということになる。後列左から中央にチェロ、その後ろ最後列にコントラバスをそれぞれ一列に並べる。指揮棒なしの例の十本指タクト。

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Unknown: Prizes Awarding In The Frame Of The First International Competition "George Enescu" 1958

第一回ジョルジェ・エネスク国際コンクール。おそらく審査員としてバルビローリやメニューインオイストラフ、ナディア・ブーランジェらが映る。47秒からチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、オーケストラ不明。ソリストは第一位のステファン・ルーハ(Ştefan Ruha)(Wikipedia ルーマニア語版)。

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Halle Orchestra In Ireland. 1958

ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団聖母マリア合唱団

音声なし、1分57秒。説明記事によるとオーケストラ創立100周年を記念してダブリンの聖母マリア合唱団とともに行なったアイルランド・ツアーからの映像、演目はエルガーのオラトリオ『ゲロンティアスの夢』。チェロ右翼/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。

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Usa: The New York Philharmonic Orchestra 1959

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

ショスタコーヴィチ五番、2分47秒。チェロ中央から右/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。タイトルは "USSR: " の誤りか。キリル文字のタイトル、ならびにロシア語ナレーション、説明記事にその英訳:

バックグラウンド:モスクワっ子たちはアメリカ最古のオーケストラの登場を大きな関心を持って心待ちにしていた。

こちらは、多面的な音楽的才能を持つ、このオーケストラの指揮者で音楽的指導者、レナード・バーンスタインである。

ショスタコーヴィチ交響曲第5番 ....

ソ連の作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチを、聴衆とオーケストラの音楽家たちが熱狂的に歓迎 ...

音楽は人々の距離を縮めます。それは、人々が心を通わせ、友情の中で生きていくことを助けてくれます。

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五十年代はモスクワの映像が多い。冷戦真っただ中でニュース価値も高かったか。加えて地元英国のバルビローリと、オーマンディがけっこうあちこちに登場。またこの時代になると、かくにんできたものでは当の本人とラフリン/ソヴィエト国立響以外はストコフスキー配置のよう。

(つづく)


*1:この組み合わせでの1956年のスタジオ録音が EMI にある模様。

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ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(その二:1920~40年代)

下記続き、前回「けっこうな数」と書いたが、さすがに二十年代の映像は少ない。

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パテのサイトはレスポンスがいまいちで、はてな標準の「ブログカード」ではリンク切れになりやすい。(同タイトルで)YouTube にあったものはそちらを埋め込みでリンクした。なお、パテのサイトはタイトル末尾の年を含めるとサイト内検索に引っ掛からないようだ(各動画ページのタイトルの年はリンクになっている)。

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また、オーケストラの配置に触れているがザッと見ただけで(かんじんのヴァイオリンとヴィオラが識別し辛い)、楽譜等には当たっておらず適当である。


Camera Interviews - Sir Henry J. Wood - The Famous Conductor (1926)

ヘンリー・ウッド指揮王立音楽院管弦楽団/クィーンズホール管弦楽団

音声なし。ヘンリー・ウッドはすでに1911年にいわゆるストコフスキー配置を行なっていたとされるが、ここでもクィーンズホール管弦楽団(ともわれる、同ホールでの映像)との演奏でチェロ右翼(かみ手)/コントラバス右後ろなのがかくにんできる(さいしょの王立音楽院とおもわれる方はオケがよく見えない)。よくみるとクィーンズホールのオケにはこの時点で女性の団員がいるようである。続いての指揮姿を捉えたショット、アイコンタクトを送っているのがよくわかる(服装が変わっているので別の機会とおもわれ)。パテのサイトの説明記事欄「発行日(ISSUE DATE)」は1926年10月11日。

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CZECHOSLOVAKIA: ARTS: 500 Czech musicians at Prague festival (1928)

指揮者、オーケストラ不明

音声なし。チェロ左の両翼配置、ビブラート掛けてるのがかくにん出来る。

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Arts / Germany: Berlin Arts, Opera And Theatre Festival, Performing Arts Being Showcased, And Shots Of Entertainment Managers 1928

エーリヒ・クライバーヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団

音声なし。説明記事には「指揮者」としかないが数秒ずつ登場。有名な、ワルタートスカニーニ、エーリヒ・クライバークレンペラーフルトヴェングラーが一堂に会した写真はこのときか(翌年のニューヨーク・フィル欧州ツアー時、等の記述も見掛ける)。記事にフェスティバルは1929年5月19日から6月23日に開催されたとある。パテのサイトの「発行日」には1929年1月1日とあるのだが、月日不明の場合1月1日が入る<仕様>?(もっとも、年だけ表示されている動画もあった)。

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Austrian national fete week--outtakes[サウスカロライナ大学図書館

1929年6月2日、フランツ・シャルク指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(「その一」でご紹介の映像)チェロ/コントラバス左のヴァイオリン両翼配置、再生ピッチが高いこともあり指揮ぶりはややぎこちなく(?)見えたりする。

digital.tcl.sc.edu

Germany / Arts: Austrian Composer Franz Lehar Is Congratulated On His 60th Birthday 1930

フランツ・レハール指揮

音声なし、24秒。レハール六十歳の誕生日。ベルリン?。

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Edith Lorand (1931)

エディット・ローランド:ヴァイオリン/指揮エディット・ローランド・オーケストラ

ヨハン・シュトラウスことエディット・ローランド。盛り上がりますね。説明記事によればイベントの場所は不明。オケのメンバーは十五人くらいか。弦楽器ビブラート。

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Enthusiasts (1931)

ウェストミンスター・シティ・スクール・オーケストラ

最年少メンバーは11歳、説明記事にロンドンおそらくパテ・スタジオとある。コンサート・ミストレス(?)がビブラートを掛けているのが見える。

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Sir Dan Godfrey (1931)

ダン・ゴッドフリー指揮ボーンマス市立管弦楽団(Bournemouth Municipal Orchestra)

ボーンマス交響楽団、ゴッドフリーは創設者。チェロ正面/コントラバス右後ろ。弦楽器ビブラート。

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The Master Of The King's Musick Sic (1931)

エドワード・エルガー指揮ロンドン交響楽団

自作自演、ロンドンの HMV スタジオでのレコーディング光景。チェロ左から正面/コントラバス正面最後列。右側のチェロがビブラート掛けてるのがよく見える。「発行日」1931年12月1日とあり、タイトルにも1931年とあるが、大手ショップサイトが掲示している EMI が復刻した『威風堂々』の CD のデータとは微妙に合わないような(ここでは「希望と栄光の国」のみ、この日の演奏がリリースされたとは限らない&レコード会社のデータもけっこう間違いがあったりもしますが)。

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BBC Symphony Orchestra (1932)

エイドリアン・ボールド指揮 BBC 交響楽団

ロンドンのランガムプレイスにあったクィーンズホールでの演奏。長~い指揮棒。チェロ左/コントラバス右後ろの両翼配置。「希望と栄光の国」に入ってからの1分40秒あたり、チェロやコントラバスがビブラート掛けているのが見える。

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The British Women's Symphony Orchestra (1934)

グレース・バローズ(Grace Burrows)指揮イギリス女性交響楽団British Women's Symphony Orchestra)

クィーンズホールでの演奏。Wikipedia 英語版 によれば、この名称のオケは何度か結成されているが短期間しか存在しなかったらしい(映像のとおり男性も含んでいる)。よりによって(?)『ドン・ファン』。チェロ/コントラバス左の両翼配置、弦楽器群ビブラートかくにん出来る。バローズの指揮アクションがずいぶん大きい。

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Finnish National Orchestra (1934)

イェオリ・シュネーヴォイクト(Georg Schneevoight)指揮フィンランド国立管弦楽団(Finnish National Orchestra)

ヘルシンキ・フィルとおもわれる。こちらもクィーンズホール。チェロ右翼/コントラバス後ろ正面から右のストコフスキー配置。3分過ぎコントラバスがビブラート利かせてるのがかくにん出来る。

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「発行日」1940年2月19日の『フィンランディア』。上と同じときの演奏とおもわれる。

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Famous Orchestras (1937)

フェリックス・ワインガルトナー指揮ウィーン・フィル

チェロ中央。本家本元の『青きドナウ』、すっきりとした演奏。1分44秒。

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Bournemouth Orchestra - Tannhauser And Pathetique (1937)

リチャード・オースティン指揮ボーンマス市立交響楽団

チェロ/コントラバス右後ろ、さらにその後ろのひな壇に金管

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上掲は説明記事に "No. 4" とあるように、このシリーズほかにもアップされている。同シリーズ "No. 3"『ローエングリン』。

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Sir Henry Wood (1938)

ヘンリー・ウッド指揮 BBC 交響楽団

長~い指揮棒。1926年同様、チェロ右翼/コントラバス右後ろのストコフスキー配置。冒頭、ロイヤル・アルバート・ホールが映り何百万ものラジオリスナーが放送を聴いたとアナウンスされるが、映像の演奏はアビーロード・スタジオでの録音のよう。

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De Feestelijke Intocht Van H.M. De Koningin Aka Queen Wilhemina Visits Amsterdam AKA Queen Wilhelmina 1939

ウィレム・メンゲルベルク指揮

野外式典でのコーラス/ブラス・アンサンブルの演奏が含まれ指揮姿が数秒映る。Wikipedia 日本語版 にはウィルヘルミナ女王とは不仲だったとあるが、ここでは談笑。「発行日」ブランク、この年の九月にはナチ侵攻。

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Elgars Country Aka Elgar's Country (1940)

エドワード・エルガー指揮

音声なし、「発行日」1940年2月8日だが、この年の演奏かは?。冒頭および後半の指揮・演奏は上掲1931年のレコーディング映像からとおもわれる。クィーンズホール(とおもわれる)でのオケは、チェロ右翼/コントラバス後列正面から右のストコフスキー配置。

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London's Queens Hall (1942)

エイドリアン・ボールド指揮 BBC 交響楽団
エドワード・エルガー指揮

空襲で破壊されたクィーンズホール。パテのサイトの説明記事に、BBC 響が演奏する戦前のショットとある。こちらの映像の方が状態は良くない(?)が、上掲1932年の同じくクィーンズホールでの『威風堂々』同様チェロ左/コントラバス右後ろの両翼配置。後半の演奏シーンについてはオーケストラ名の記載なし、上の1940年のエルガーの映像で一部使用されているようだ。チェロ右翼のストコフスキー配置。サムネも上の動画のそれとほぼ同じシーンから取られている。最後にアナウンスが締めくくる:「ロンドンのクィーンズホールはふたたび立ち上がる」。

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Moscow Concert (1947)

1947年5月12日、ラファエル・クーベリック指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

説明記事によれば「モスクワ800周年記念コンサート」をプラハで行なった?(スメタナホール、タイトルは「モスクワ・コンサート」)。時期的にはプラハの春音楽祭か。チェコスロバキア政変およびクーベリックの亡命は翌1948年。

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Prague Philharmonic In Warsaw (1947)

1947年11月11日、プラハフィルハーモニー管弦楽団(Prague Philharmonic Orchestra)

音声なし、ワルシャワ。こちらも指揮はクーベリックか?。暗くてよく見えないがこのあとの1948年の動画同様チェロ左のよう。

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Maestro Of 9 Conducts A Concert 1947

ピエロ・ガンバ指揮ラムルー管弦楽団

「9歳のマエストロ」のベートーヴェン第五。パリ。チェロ左から正面。

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Czechoslovakian Philharmonic Play For Workers. (1948)

ラファエル・クーベリック指揮チェコ・フィル

プルゼニチェコ)のシュコダの工場らしい。チェロ/コントラバス左の両翼配置。

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Back Stage With Berlin's Great Orchestra Paramount Films Unique Picture. World-Famous Conductor Dr Furtwangler Permits Us To Film Berlin Philharmonic Orchestra Rehearsing For Concert. Brahm's Fourth Symphony Is Brilliantly Recorded In The Excerpt. 1948

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

「その一」で紹介した映像。チェロ正面から右/コントラバス右後列。フルトヴェングラーはたいていこの配置のような。いつごろからでしょうかね。www.britishpathe.com

1,000,000 Th Ton Of Coal And Steel (1949)

パウルヒンデミット指揮ベルリン・フィル

前年六月からソ連によるベルリン封鎖中。1分17秒あたりから2月17・18日のティタニア・パラストでのコンサート告知→リハ・シーンへ。けっこう口やかましいかんじ(?)。チェロ右翼のストコフスキー配置。

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German Newsreel 1940-1949

「発行日」も1940 - 1949。バッハ『マタイ』、最初の方でそのまま演奏シーンになる。指揮はコンヴィチュニー?。ケルン大聖堂での演奏の体になっているが、判別し辛いものの演奏者全景のシーンの照明や柱が教会っぽくないような(?)(1949年ならライプツィヒ?)。

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(つづく)

ブリティッシュ・パテの古いオーケストラ映像から(その一:フルトヴェングラーとトスカニーニ)

先日、Twitterサウスカロライナ大学図書館のデジタルライブラリからシャルク指揮ウィーン・フィルの1929年(!)の音声付き映像が紹介されていた。

そこで、海外ヒストリカル競馬ファンにはお馴染み、ブリティッシュ・パテ(British Pathé)にもあるかなと検索してみたので備忘、これがけっこうな数なので、ますは両巨頭にお出まし願いましょう。

なおパテのサイトはレスポンスがいまいちで、はてな標準の「ブログカード」ではリンク切れになりやすい。(同タイトルで)YouTube にあったものはそちらを埋め込みでリンクした。なお、パテのサイトはタイトル末尾の年を含めるとサイト内検索に引っ掛からないようだ(各動画ページのタイトルの年はリンクになっている)。

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Back Stage With Berlin's Great Orchestra Paramount Films Unique Picture. World-Famous Conductor Dr Furtwangler Permits Us To Film Berlin Philharmonic Orchestra Rehearsing For Concert. Brahm's Fourth Symphony Is Brilliantly Recorded In The Excerpt. 1948

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ブラームス四番終楽章終結部、4分58秒。ロンドン、エンプレス・ホール。冒頭、ちゅうもく!的に(?)イラついている様子。DVD でもリリースされていた『世紀の指揮者21』に採録されていた映像で、パテのサイトの説明記事欄に「発行日(ISSUE DATE)」11月11日とあるが、収録は11月3日ということらしい *1

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Toscanini On Ski Lift (1950)

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮

フルトヴェングラーに続いての登場ですが「マエストロくつろぐ:トスカニーニの貴重なフィルム」、であります。49秒。BGM『タンホイザー』なのが(笑)。説明記事に「彼のオーケストラのメンバーと列車の食堂車アテンダント」とあるが、オケのメンバーは NBC 交響楽団でありましょうか。

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(つづく)


パーヴォ・ヤルヴィ:N 響はもっちもち(?)

と訳すのであれば “chewy” でしょうか。N 響三年ぶりのヨーロッパ・ツアー(2020年二月/三月、七か国九都市)を前にした、英国で「2008年1月に創設されたクラシック音楽ライブのための最大のサイト」*1Bachtrack 掲載の Alexander Hall によるインタビュー記事(英語)。

すでに感染が広がっていたイタリアは含まれていなかった様子の同ツアーは、COVID-19 の影響が広がるギリギリ直前に日程を終えた。共演の人気ソロイストにも助けられ(?)、ハードスケジュールだったようだが口の悪い英国などのプレス含め、まずまず好評だったようだ *2 。記事はそのプロモーションということになるが *3 、パーヴォが日本の音楽家に関する「神話と誤解」について語る。[]は訳者追記。例によって訳の精度やこなれていないのはご容赦。


神話と誤解:パーヴォ・ヤルヴィNHK 交響楽団

2019年12月4日、アレクサンダー・ホール

コンニチハ。日本の音楽家に関する誤解のいくつかを払拭するのに苦心しているパーヴォ・ヤルヴィには、何のためらいもない:「私たちは自分自身の偏見を検証する必要があります」と彼は言う。2015年からの NHK 交響楽団の首席指揮者として、また20年以上の日本における指揮経験から、わかっているのだ。ロンドンでの幅広い会話のなかで、彼はベルリンのような場所でのフィルハーモニカー、同様にシュターツオーパー、あるいは彼が現在さらに任にあるチューリッヒのトーンハレで、コンサートマスターである著名な個人を指摘した。それで皮肉っぽく続ける、彼らはヨーロッパのオーケストラの、そのように数少ない役職にじゅうぶんなだけかもしれない——一部の怠惰で誤った思考を仄めかすために眉をひそめる——しかし、世界最高水準を目指すオーケストラに丸ごと日本人が顔を揃えたら?。それは機能し得るのか?。

端的に言えばそのとおりである。非常に頻繁に、そしてこれはとくに若い演奏家に当てはまるのだが、彼らを日本で最初に教えた教師たちは、すでに世界中で音楽の見識を身につけており、彼ら自身もドイツ、ロシア、フランス、イタリア、イギリスのヨーロッパの伝統の中心で学び、加えて数々のマスタークラスに参加している。技術的な品質は間違いない。しかし次なる先入観の例が来る:「ああ、だけど彼らは理解せずに演奏する」。

ヤルヴィは、彼のオーケストラに関する神話を打ち破ろうと決意している。N 響が古きドイツのあらゆるものを崇拝しているからこそ、中核となるレパートリーに素晴らしい伝統が築かれてきた。20世紀後半に定期的に訪れたのは、ヘルベルト・フォン・カラヤンのみならず、オトマール・スウィトナーホルスト・シュタイン、どちらも信頼できるカペルマイスターのすべての資質を体現していた。辛抱強くリハーサルする方法を知っており、オペラハウスで歌手と呼吸するという貴重な経験を積み、大規模なロマン派作品にふさわしいサウンドをつくりたいという明確な考えを持っていた。再度訪問すると、彼らは同じ曲に何度も何度も戻るのだった。ヤルヴィは、ヴォルフガング・サヴァリッシュ—— N 響の指揮者として40年近くを過ごした——をリヒャルト・シュトラウスの作品理解を深める上でとくに影響していると指摘する。そして、このオーケストラのサウンド、マエストロ・ヤルヴィ、それは実際にはどうですか?。「ダーク、非常にレガート、非常にテヌート、非常にソステヌート」。彼がどこか他所で見るような全体に軽くて速い演奏とはいくぶん隔たっており、表現力の程度を説明するのに彼は「粘着性[glutinous]」という言葉さえ使用する。

自明のことだが、N 響は放送交響楽団であるという大きな強みがある。おもに日本の一般市民から資金を得ており、音楽家への支払いは日本のほかのどのオーケストラよりも多く、通常、公務員にしか与えられないような仕事の保障を享受している。このような安定性は、N 響がアジアのトップ・オーケストラであるだけでなく、紛れもなく、ヤルヴィによれば、国際的にトップ・ランクの一員であることを理解する上でのひとつの要因である。これは、2017年の前回のヨーロッパ・ツアーでマーラー第六の素晴らしい演奏を聴いた人なら驚くことではないだろう。しかし成功を説明する助けとなるものがほかにもある。彼が言うように、それは「驚くほど規律のあるアンサンブル」である。これは、ドイツの非常な超効率性の発想を顔色なからしめる、「組織が芸術に変貌する」日本社会全体の反映の一部である。オーケストラ全員が、明瞭さ、相互尊重および垂直的一体性の概念を自動的に受け入れる。例えば、まれな揉めごとの場合には、誰がどの手続きに従うべきかはつねに明確である。ほかの多くのアンサンブルと同様に、N 響には独自のオーケストラ・アカデミーがある[*4]。

このように確固とした伝統の中核を背景にして、ヤルヴィは彼が就任したときに何か変更を加えなければならないと感じたのか?。ここで彼は、日本社会についての西洋の概念を覆す別の機会をつかむ。確かに日本の国際的な顔は高度なテクノロジー国家のものだが、それは全体像の一部に過ぎない。この国の広大な区域には公共の Wi-Fi アクセスがない。この国はめったに外向きにならず、代わりに他の人が来ることを期待する。彼は、オーケストラに FacebookTwitterInstagram アカウントがないことを知り、非常にショックを受けた。それが現在は、ソーシャルメディア上での活発な存在感がオーケストラの国際的知名度を高めるのに役立ち、オーケストラに起こっているどんなことにも反応する国内フォーラムを提供することにより、すべてが変化している。コンサートの定期的なテレビ・ラジオ放送は、すでに高度な可視性を提供している。しかし驚くべきことは、すべてのコンサートが、まだ市販されておらず Blu-ray で利用可能なものをはるかに超える規格に合わせ、超高解像度で撮影されているという事実である。これは日本が技術開発に遅れずについていく方法の一例に過ぎない。

Myths and misunderstandings: On Paavo Järvi’s relationship with the NHK Symphony | by Bachtrack for classical music, opera, ballet and dance event reviewsPaavo Järvi and the NHK Symphony Orchestra
© Belinda Lawley

来年のヨーロッパ・ツアーに先立ち、N 響が持ち込むレパートリーについて尋ねた。これにはブルックナーの第七が含まれる。神話を一掃するもうひとつの機会:ひび割れた日本のオーケストラでは、おそらくオーストリア・ドイツのレパートリーの、このような礎石について興味深いことを言うことはできないという考え。もしそうであるならば、「なぜアメリカのトップ・オーケストラがパリでドビュッシーを演奏するという考えを受け入れるのか?。あるいはロシア以外のオーケストラがチャイコフスキーを試みるのは?」。会話は、ヤルヴィの個人的なお気に入りで、ツアープログラムの一部である武満の作品、『ハウ・スロー・ザ・ウィンド』に移る。「それは」、彼は言う、「オーケストレーションに非常に雰囲気があり、美しい色彩に満ちている。私が気に入っているのは、ある種のオリエンタリズム、すぐにそれが日本人ではないかと思わせるような音楽。武満は終わりのないモチーフを与える:決して終わりを遂げることはないのです」。『ノスタルジア』や『ヴァイオリン協奏曲』など武満の作品のみを扱う発売間近の CD を考えると、前半を日本人の作曲のみでプログラムすることはできないのだろうか?。しかしここで西洋のコンサート・プロモーターの商業的圧力が、こうした野心を避けるために介入する。聴衆はスタンダードな作品を期待し、また、国際的に認められたソリストがスタンダードな協奏曲を演奏することを期待する。

ある世代から次へと通常受け継がれる大きなサブスクリプションの基盤が存在するにしても、ある程度はホームでのプログラム構成の要件に似た、保守主義が組み込まれている。「ブラームスブルックナーシュトラウスあるいはマーラーの作品を公演すればコンサートは完売が保証される」。とはいえ、ヤルヴィは音楽的日常を拡張し、N 響のレパートリーを広げることに熱心である。彼はすでにシベリウスとニールセン、加えてメシアンの『トゥランガリラ』交響曲を行ない、ロシア音楽の探求を進めてきた。しかし、ここで彼は、N 響に限らずほば普遍的な演奏の問題に出くわすことを認める。最近の演奏家は美しいサウンドを目指しているが、ショスタコーヴィチではピッコロは「下手な軍隊ホイッスル」のように聞こえなければならず、木琴はバッハにより想像されるマリンバ協奏曲との共通性は少なく、誰かの頭を固い棒で叩くという発想により近い。彼は巧みに付け加えた、「すべてはスコアにあるにも関わらず、スコアには何もありません」。

ヤルヴィと彼の演奏家との特別な関係について尋ねる。ほとんどの芸術的パートナーシップのように、それはつねに進化している。彼が言うように、室内楽の最高の性質を特徴付ける音楽づくりのような、「想像力を解放する」という表現の自由をさらに促すことを目指している。ラヴェルの『ダフニスとクロエ』の重要なフルート・ソロに関しては、彼はつねにこう言う:「どう演奏するか聞かないで。私はあなたが演奏したい方法で演奏できるようにするためにここにいる」。その意味で、彼は自分自身を進行役と見なしているが、すべてのオーケストラには指揮者が必要だとも主張している。それはなぜか?。こんにちの音楽家は、こうした幅広いレパートリーに精通していることが期待されているため、個々の作品内で理想的な理解と全体像の深さを持つことは不可能である。彼は、他所のオーケストラのなかでのほとんど無頓着な見解を引き合いにする。「ブラームスの第一?、ああ、はい、ブラームスの第一ね、知ってますよ」。しかし、ブラームスの第一を「知っている」ことと、ほんとうに知っていることとのあいだには大きな違いがある。彼は最近スカラ座で行なった『ドン・ジョヴァンニ』の10回の演奏公演を思い起こす。そこではピット内のすべての音楽家たちが、語られたレチタティーヴォすべての言葉を知っていた。「50年間毎年ブラームスの第一を二十回演奏すれば、あなたはそれを知っています!」

しかし、ヤルヴィにとって目を引くのは信頼の問題である。彼は、指揮者によってつくり出されるマジックのジャーナリスティックな概念にはほとんど時間を割かない。演奏家との真の音楽的・人間的つながりについてがすべてである。彼の音楽家たちが指揮台の彼から絶対的な信頼性を目にすることができれば、彼らは本能的に従うだろう。そのいっぽう彼は、リハーサル中つねに完璧に準備され、完全に注意を集中するオーケストラに惜しみない絶賛を送っている。「それがプロ意識ならば」、と彼は言う、「誰も彼らを打ち負かせません」。アリガトウゴザイマス、マエストロ・ヤルヴィ!。

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この記事は NHK 交響楽団により提供された。


*1:“About us | Bachtrack”(英語

*2: N 響ウェブサイト「ニュース」にツアー各地のコンサート・レビューが掲載されている。

www.nhkso.or.jp

*3: N 響提供とある。よくある形態だろうがきちんと(?)断り書きを入れるのに少々感心したりする。

*4:逆にいまや「神話」では?などと思ったりしていたドイツ音楽の「伝統」だが、「オーケストラ・アカデミー」ともども『英国ニュースダイジェスト』による篠崎史紀コンマスのインタビューでも触れられている。そういえば上掲 *2 のどのレビューだったかは忘れたが、マロさんの貫禄ある風貌(?)は現地ジャーナリストにも印象的だったようだ。

web.archive.org

また、パーヴォのインタビューに N 響のサラリーについての言及があったが、(相当むかしのハナシだがクレンペラーが文句を言っていた)ウィーン・フィルではないのだから、指揮者にも相当な条件を提示していた/しているのだろうな、などと下種なことを考えてしまった。公共放送たる「みなさまの NHK 」本体の方のギャラは、かなり渋いようですが。